ニートを目指して三千里 ひねくれ女子の小言日記

ニートを目指すひねくれ者が日々のうっぷんを書いたり書かなかったりするやつ

なんかバタバタしてる

 

私生活の方がいろいろとバタバタしてて、

ブログに手がつかないぜー!

こんまり流片付けもやれてないぜー!

 

旅行行ったり、実家帰ってただけだけど。

 

家のこと全然できてない。

片付けも途中だし、普段の家事とかできないし。

 

洗濯溜まってるし、流石に汚くなってきやがったぜ。

 

というわけで、

更新が最近できてませんでしたが、

ちょっとお家のことしたいのと、

まだバタバタしている事項が残ってるので、

ひとつずつやってこうと思います。

 

今日はとにかく全力で家のことする!!!!

人を呼べるくらいには綺麗にしたいし、

久しぶりに自炊もしたいところ。

 

やったことをブログに書くのがモチベになりそうだったら、

あとで日記(?)書くかもだけど、

とりあえず、今はやるぞとなってるので、

やるぞ!!!

 

いまんとこ、

・メルカリ発送

・次の旅行の確認の電話

・私用の連絡メール文面作成

・洗濯物回す

・食器洗い

 

まではやった。

 

あとは、

・洗濯物しまう

・洗濯物干す

・食器片付ける

・ご飯炊く

・買い物

・御飯作る

・できる範囲の片付け

・スケジュールの確認

・スケジュール立て

・返信はがき

 

って感じ?

よっし。やるぞ。

 

ダメな日ってある。

 

もう何回今日みたいなことをブログに書いたかわからないけど、

思うんだからしょうがない。

 

書いても、吐いても、なくならない。

 

自分との向き合いが足りないのかもな。

そうかもしれない。

 

でも疲れてしまったんだもん。しょうがない。

 

世界がもっと優しくなればいい。

世界がもっと甘くなればいい。

 

何もしなくても責められない。

自分が好きなことをすればいい。

好きなことがなくても大丈夫。

 

そんな世界になってから、生まれ直したい。

 

こうやってなよなよしてしまうのも、

私がまだ「幸せ」とかそーゆーものを求めているからで、

諦められてないからなんだと思う。

 

きっとこうゆう文を読むと、不快になる人もいると思う。

 

書いてる私だって、

気分がいいときに読めば、気が滅入ると思うし、

調子がいいときに読めば、あー言えばこうゆうやつだなと、いらいらすると思う。

 

朝ちょっと嫌なことがあったんだけど、

それをずっと引きずっている。

 

嫌なことがあるくらいなら生きたくない。

そう思ってしまう。そう考えてしまう。

 

嫌なこともあるけど、いいこともあるよ。

人生捨てたもんじゃない。

 

なんて風には思えそうもない。

そう思えたらいいと思う。

 

意地が悪い人だっているし、優しい人もいる。

どうせなら、優しい方を見ようよ。

 

全くもってその通り。

でもどうしても、意地が悪い方にひっぱられてしまう。

 

 

私は恵まれている方だと思う。

それを幸せに思わなきゃいけないんだろう。

けど、幸せに思うことを義務のように感じて、苦しい。

 

全部自分で勝手に自分を苦しめているんだろうと思う。

 

でもそこからの抜け方がわからない。

 

なんだろうな。

 

明るいやつになりたいわけでもない。

 

ただ楽に生きたい。

もっと気楽に。

もっとラフに。

もっとフランクに。

 

それができない。

 

できないと言っているうちはできないよ!

できないは言い訳だ!

やる気がないんだ!

 

そうかもしれない。

憧れるだけで、なる気はないのかもしれない。

なってはいけない気もする。

 

過去の自分が足をひっぱる。

 

私はこーゆー人間だと自分に貼ったラベルが剥がせない。

 

例えば、開き直って、人生を捨てたもんじゃないと思ったとしても、

なんだか嘘っぽい気がする。

 

皆どうやって生きてるの?

そんなことさえ思う。

 

皆どうして生きてるの?

同じ問はずっと昔からあるみたいだけど、

明確なこたえはなさそう。

 

多分、難しく考えすぎなんだよね。

 

 

朝、嫌なことがあった。

自分に非があれど、不快な気分になった。

自分に非があるのに、不快になることがいけないことだと思っているのか、

自分を正当化するために、

不快な気分にどっぷりとハマってしまう。

 

私はこれだけ不快なんだぞ!

もう生きるのも嫌だと思うくらい、辛い気持ちなんだぞ!

私は悪くない!

 

と自分が悪いと思っているんだろうな。

 

そんなに悪いこともしていないのに、

ちょっとの悪いことも許せないみたい。

 

多分私は、コップを割っただけで生きるの辛いとか思っちゃう。

コップを割るのは失敗だと思ってしまう。

 

失敗が怖い。

責められるのが怖い。

 

生きていれば何かしら責められると思ってる。

 

なんか何が書きたいかわからなくなってきた。

 

前向きに生きる許可を下さい。

ネガティブでもいいし、ネガティブじゃなくてもいい、

そんなふうにフラットに生きる許可を下さい。

自分を許す許可をください。

 

 

いつもいつも感じじゃないんだけどね。

こんな風になっちゃうときも度々あるよね。

 

さ!この話はおしまい!

って感じに切り替えられないのが私だけど、

切り替えることをお許しください。

 

気分良く在ろうとすることをお許し下さい。

 

 

 

人への伝え方。

 

人にえらそうにできる人は、

どんな権利を持ってえらそうにできるのだろう、

と常々思う。

 

電車の中で知らない人に大声で説教垂れる人。

以前こんなことあがあった。

Aさんに優先席を譲ったBさんで完結する話なのに、

そこへ関係のないCさんが、Aさんに対して大声で、

「席譲ってもらったんならお礼くらいしろや!!お礼したんか!!!」

と怒鳴っていた。

 

Aさんは、声をだして「ありがとうございました」と言って、

Bさんも、いえいえという感じでその場はまぁ収まったけど、

AさんもBさんもも居心地は悪そうだった。

 

私にはAさんとBさんの間だけで完結しているように見えた。

もし、Bさんがお礼を望んでいて、Cさんが代弁したのであれば、

私の勘違いになるかもしれないけど、

それにしたって怒鳴る必要はないと思うし、

Aさんも譲ってもらったことに会釈していて、

Bさんも特にお礼をされたいから席を譲ったわけではないと思う。

 

こんな事があって、

Cさんみたいな人がいると思うと、外へ出たくない。

なんて私は単純に思ってしまう。引きこもっていたい。と思ってしまう。

 

怖いのか、悲しいのか、

自分の信じていること、望んでいることと違うモノを見ると、

すぐに生きるのがつらいと思ってしまう。

 

きっとそんなことを言うと、

甘えだ、現実は厳しい、現実を見ろ。

なんて言われるのだろうな。

 

そんなことを想像して、さらに外に出たくなくなる。

とはいえ、

買い物も行くし、ヨガも行くし、友人と遊びに行くけどね。

 

怒鳴る人なんて気にしなければいいのだろうけど、

私は「人間」そのものに過度な期待を持っているのかもしれない。

 

言葉を言いように変えれば、「私は人間を信じてる」のだろう。

そして、勝手に信じて、勝手に失望して、勝手に裏切られたと感じてる。

 

人間なんてろくでもないことも知っているのだけどな。

 

アドバイスをする人

アドバイスを求めている人に、アドバイスをするのは、わかる。

そのアドバイスが、

あってようが、なかろうが、

有益だろうがなかろうが、

求められてアドバイスをするのはいいと思う。

 

質問をされて答えるのもわかる。

 

でも、求められてもいないのに、

あーしたら、こーしたらというのはどうだろうか。

 

そのアドバイスが有益であればいいけれど、

そのアドバイスの内容は当人も素に考えていて、

その上で悩んでいるとしたら、どうだろうか。

 

それはおせっかいじゃないだろうか。

 

そこに共感が入っているならいい。

 

「こーしたらと思うけど、

これこれな理由があるし、こんな風に考えちゃうし、なかなか難しいよね。」

とかなら、わかる。

あー、わかってもらえてる。となる。

そう!そうなの!

だからこーしたいけど、できないの!

だけどこーしたいと思ってるの!

と心穏やかにすごせる。

 

その共感があってなくても、

わかってくれようとしていると感じるから、

「それもあるけど、こーも考えちゃうんだ」

と自分の気持ちも伝える事ができる。

 

だけど、共感のないアドバイスの押し付けみたいなこともよくある。

「え、そんなの、あーすればいいじゃん」とか、

「それって、こーゆーことですよね(違う)。だったらこれをすれば」とか、

「私はこー思うし、これが正しいし、こーしろ」とか、

「そんな風にしてるからダメなんだよ、こーすればいい」とか。

 

当人を無視してるアドバイスをする人はどんな気持ちなのだろうか。

その人がアドバイスを求めているかもわからないのに。

 

人間は情報の数%しかキャッチしないとかそんな話があった気がする。

 

アドバイスをする人は、

相手の話を自分の都合よく解釈して、

相手を理解した気になって、

アドバイスをするのかもしれない。

 

中には、どんなアドバイスでも欲しい!という人もいるだろうし、

そんな人にはいいのかもしれないけれど、

中には、(無益な)アドバイスはいらないと思う人もいる。

 

アドバイスをするのであれば、

アドバイスを求めるタイプかどうかも考慮してほしいなとか思う。

 

なんて書いている私も昔はこんなこといちいち考えていなかったし、

えらそうにアドバイスじみたことしてた気がするし、

しかもそのアドバイスが的外れだった気もするし。

 

そんな感じなのかな?

アドバイスする側は、そんなにアドバイスされる側のことを考えていないのかな。

 

 

ところでここでも、「人間への信頼」がでてくる。

「人間は他人のことも考えている」みたいな期待をしてしまっていて、

それにそぐわない行動を見て、

勝手に凹んだりしているんだろうな。

疲れる生き方してるな、私。

 

でも、アドバイスは今のところいりません。

思いつくことは一通りやったし、

やってないことはやりたくないことなので。

これは画期的だぜ!ってことがあればもちろん知りたいけど、

そんな甘い話もないことも最近は理解するようになりました。

 

話は聞いて欲しい。アドバイスはいらない。

先にも書いたように、私は基本、アドバイスはいらない。

もらう助言は大体自分で考えていることの範疇になると思っているからだ。

 

傲慢かな?

自信家かな?

 

でも、昔から、考えることをやめることができなくて、

自分でいうのもなんだけど、

結構広い範囲で、自分で自分にアドバイスができるようになった。

 

自分で思いつかないアドバイスをくれそうな人、

自分にない視点のアドバイスをくれそうな人のアドバイスは欲しい。

 

でもそれ以外は、

話を聞いてもらったり、物理的に助けてもらったりしたい。

 

私は、相談するのであれば、アドバイスを貰えるのであれば、

画期的な返答とか、気分が軽く楽になるもの以外はいらないと思ってしまう。

 

私がアドバイスを求めないのは、

私の心が広くはないからってのもある。

 

例えばアドバイスをされて、

そのアドバイスが自分の予測の範囲内だと、

ショックを受けてしまうのだ。

こんなもんか、と思ってしまう。

 

アドバイスという好意を、失望で返すようなもんだ。

 

自分がそーなりたくないから、

アドバイスはほしくないと思う。

 

どんなアドバイスでも受け止められるような広い心を持ってれば、

こんなひねくれたことを思わなくていいのかもしれないけど、

いまのところ、これが自分なわけで。

 

そんな自分とうまく付き合うしかないわけで。

 

これが私なりの付き合い方なんだな。

もっといい方法があるかもしれないけど、

心を広くすればいいと言われてもどうやって?なわけで、

気長に自分の成長を期待しておきます(笑)

 

 

オピニオン記事

絶対とか、こーであるとか、

そんな風な書き方をした方がアクセスが伸びる。

そうゆうテクニックで、断言系の記事を書いているのなら、

私もそうだと割り切ろう。

 

でもそうでない押し付けなオピニオン記事を読むと、

これを書いている人はどんな権利(?)で主張をしているのかな、

と思ってしまう。

 

私は、こう思う、こう考える。

ならわかる。

 

でも、皆こうだ!世間はこうだ!世の中はこうだ!

と決めつけるのはどうだろうか。

前提に、「私の意見」があるならいい。

けどそれがないと、読んでいて不快になる。

 

自分と意見の違う、押し付け文を読んでも不快になる。

こーしたほうがいい!こーすべきだ!それ以外は間違い!

みたいな。

勝手に間違いにされて、馬鹿にされてるって感じることもある。

 

まぁ、ブログなんて気に入らなければ読まなければいいし、

その読むか否かの権利はこちらにあるし、

ブログはそもそも好きに書く場だから、

私がとやかく言うのもどんな権利があってという話になるけど。

 

こうゆうときだけ、

ブログは好きに書く場だから、

私も好きに書きます。

 

と都合よく対処させていただきます。

 

そして当ブログは全部「私はこう思う、考える」の前提で書かれている、

個人の意見でございます。

 

心理学によれば

いろいろ書いたけど、心理学によれば、

「人の嫌なところは、自分も同じものを持っているからこそ嫌だと感じるのだ」、

みたいな話があるから、

私もそうゆうことをしているかもしれない。

 

偉そうなことを言う人が嫌いということは、

私も誰かしらに偉そうにしているのかもしれない。

 

馬鹿にする人が嫌いということは、

私もどこかで人を馬鹿にしているのかもしれない。

 

こーすべきだ!が嫌いなのに、

アドバイスは相手の状況をみてからにすべきだ!

って主張してるしね。

 

難しいね。

 

どっちも受け入れられる心が欲しい。

さらっと流せる心がほしい。

 

思えば、

アドバイスされていると感じているのは私で、

相手はアドバイスしている気もなくて、

ただこーしたらという自分の意見を主張しているだけなのだろうか。

 

だったら、

「こーすればいい」「こーしたほうがいい」じゃなくて、

「こーするといいと思う」くらいの伝え方にしてもらえると私は嬉しいです。

私も、

「(私は)こーしたほうがいい(と思う)」と捉えられるよう意識します。

なんとなく虚しさを感じているのは多分間違いじゃない。

 

何をやっても満たされない。

楽しくてもそれは一時的なもので、何かが足りない。

 

でもその足りないものがわからない。

 

何があれば自分が満足するのか、

自分が何を求めているのかもわからない。

 

楽しいは楽しい。

楽しいふりをしているつもりもない。

 

でも、どことなく、虚しい。つまらない。

 

贅沢な悩みと言われるかもしれない。

誰かにわかってもらえるとも思わない。

話してどうにかなることでもない。

 

だから口には出さないけど。

 

なんで生きているのかな、と思う。

ニートになって、働いている頃より心は穏やかだし、毎日もそれなりに楽しい。

お金の心配もあったけど、実は大丈夫にもなった。

 

でも、なにか満たされない。

 

ニートだから、満たされない。とかではなく、

昔からそうだった。

 

形だけの幸せを求めて、

自分がどうあれば幸せなのかがわからない。

 

今も満たされない、むなしい、と、

足りない何かを探しているけど、

多分そうゆうことじゃないんだろうな。

 

例えば、お金が欲しいと望んで、

それを得たところで、私は満たされないのだろうな。

 

有名人と友達になりたいと望んで、

それが実現しても、もしかしたら余計にむなしくなるのかもしれない。

 

幸せは自分の心が決めるなんてことを聞くけれど、

自分の心がわからない。

 

なんだか怖いんだよね。生きてる事自体が。

手続きとか世の中のルールも億劫で、

全部がめんどくさくなってくる。

 

心が満たされた生活をしたい。

 

そんなことを思っていたら、

行き着いたブログでこんなことが書いてあった。

なにか満たされないのは、満たされないという想いがある。

その想いをまずは受け入れること。

そうすることで望んでいること、欲しいモノがわかる、得られる。

 

私はまだ自分のことを受け入れられていないのかな。

自分のほんとうの望みに気づけていないのかな。

 

ニートになったら、自分と向き合う時間を作りたい!

と思ってたのに、それもあまりできていないなー。

 

いっぺんにいろいろしようとするとパンクしちゃうから、

まずは片付けを終わらせるけど、

片付けが終わったら、自分と向き合う時間もちょいちょい作るようにしようかな。

スプラトゥーンもうまくなりたいし、

英語も活用できるか置いといてやりたいと思ってるし、

絵も描きたいし。

 

やりたいことはあるのに、なんで虚しいのかな。

このやりたいと思ってることも、虚しさを埋めるための代用品なのかな(笑)

 

なんてやたらネガティブなことを考えてしまうのだけど。

 

今日は、やることやろっと!。

・支払い

・印刷物

・カード連携

とか後回しにしてたや。

 

はてブロのPro化もしたいのに、なかなか踏み出せないや!

 

同人誌を売ってきた

 

気づいておられる方がおられるかわかりません、

突然のカミングアウト(?)、私はいわゆる、オタクだったりします。

 

とは言っても、

全盛期は随分前で、最近は特に活動もしていないのですが(笑)

お金も意欲も時間もない。

時間は、あるはずなのに、ない(笑)

ヲタ活したいのに、できない。というか、してない。

アニメイトとかも全然行ってないや・・。行くとテンションあがるんだけど(笑)

 

そんな話はともかく、

今月の強化月間、こんまり流片付けの一環で、

幾つかの同人誌を手放すことにしました。

 

※ 同人誌という言葉が苦手な方は、

この先読むことをおすすめできませんので、

自己責任(?)でお願いします。

 

手放すことに決めた同人誌を、

K-BOOKSとか、まんだらけに持って査定をしてもらったんだけど、

値段がついたのは5冊のみ。

ほとんどオリジナルのイラスト集だったこともあり、

残りの数十冊は値段がつきませんでした。悲しい。

オリジナル好きなんだけど、弱いんだよね。悲しい。

 

手放すと決めたけど、

なんかショックだーーーー。

すごく悲しい。なんというか悲しい。

なんとも言えない気分になりました。

ああああああああああ。って感じ。

 

そもそも、同人誌というのは、

個人が作った本で、そもそも部数が少なくて、

手放すと二度とお目にかかることはできない代物だと思ってる。

 

つまり、簡単に言えば、

限定品なわけだ。

 

同人誌はもれなく、限定品。すべからく、限定品。

 

 

私はこの「限定」というのにすごく弱い。

「二度と手に入らない(かもしれない)」というのにすごく弱い。

(自分が欲しいと思ったものに関してだけだけど)

 

様々な同梱版とかが高値で取引されているところをみると

皆もこの「限定」というのに弱いのだろうな。

 

 

商業誌と違って、同人誌は買い直すのが難しい。

まず、見つかる保証がない。

「サークル名」「作品名」「作家」など、

必要な情報がなければ、探しようもないし、

そもそも探して情報があるかもわからない。

 

商業誌は、そもそも部数が多いから、

ストーリーがわかれば、知恵袋とかでその作品を特定できるかもしれない。

多分、同人誌はよほど有名じゃないとそんなことはできない。

 

もし、欲しい同人誌が特定できたとしても、

それを手に入れることができるかもわからない。

お店や通販で手に入ればいいけど、

古いものだとそれも難しい。

あったとしても、プレミアがついてて高値な可能性もある。

高値だとしても、手に入る方が稀だったりもすると思う。

運が良ければ手に入る、そんな代物、同人誌。

 

ながながと書いてしまったけど、

何が言いたいかというと、

 

一度、同人誌を手放してしまえば、

もう二度と手に入れることはできないもの。

 

ということ。

それをわかった上で手放すことを決意したんだけど、

それでも、悲しいものは悲しい。

手放したことを後悔はしていないけど、

なんだかなーという気持ちがある。

 

世の方は同人誌の扱いをどうしているのだろうか。

ずっと持っているのだろうか。

捨てることに躊躇いはないのだろうか。

 

商業誌はまだ、

手に入れようと思えば、割りとすぐ手に入るから、

「限定度」が薄い。

それゆえ、手放せるし、執着もしない。

 

けど、同人誌はそんなことはないわけで。

しかも、売る際、値段もつかないとなると、

ただ捨てたのと変わらないわけで。

なんだかとても心苦しい。

 

全部買い取ってくれたら、まだなんか心の持ちようもありそうだけど、

処分されるのかなー。

それとも、値段を付けずに引き取って、適当にうるのかなーとか、

どっちにしろ、なんか嫌だ(笑)

 

同人誌は、正直安くない。

個人が作成しているわけで、単価はどうしても高くなる。

薄っぺらい本が一冊500円以上するわけで。

それを買うってことは、相当気に入ったり、覚悟の上で買っていたわけで。

(限定だから買っちゃうってのもあるけど。)

 

買う=結構吟味して気に入ったモノ

なわけで、

手放すときは、その買ったときの気持ちもひっついてくるのかな。

 

買ったことも、手放したことも、

後悔はないけど、

それでも、心苦しいもんは心苦しいんじゃい!!!

 

ほんとオタクの人はどんな気持ちで活動しているんだろうって思うくらい、

辛い所業だなと思ってきた。

 

そもそも同人誌はすべからく「限定」なわけで、

その「限定」を求めて駆け回り、

欲しいモノを全部買えるわけもなく、

「たくさんの限定」の中から更に買うものを吟味して、

手放すときは多分、今生の別れになるわけで。

 

なんという、一期一会。

 

それともこんなに気になってしまうのって私だけなのかな。

みんなそれを受け入れて、ヲタ活エンジョイしてるのかな。

それとも辛くとも抗えない業の中で行きているのかな。

 

渡しの場合は、そんな気持ちになることがわかるから、

もう同人誌なんて買えない!って思ってしまったりする。

ヲタ活ができないのはそれもあるかも。

(でもイベントに行ったらつい買ってしまうんだけど。

 それもまた、その時を逃すと手に入らなくなるから・・)

 

私がヲタ活をしていないのは、 

欲しいものが手に入らない状況が多くなりそうだから、

だったら、はじめから知らないほうがいいって思ってるのかな。

知ってしまったら、欲しくなってしまうから。

 

ずっと保存しておけばいいのかもしれないけど、

物が増えるのは嫌って気持ちもあるし、

電子書籍化すればよかったのかもと思うけど、

それをしてもデータは増えてしまうし、

読む保証はないし。

(でも手放すより気持ちは楽になりそう)

 

あー、なんだか凹む。

自分がやったことだけど、凹むよー。

売らなきゃよかったのかな?そんなことはないけど。

あー、あー、あー。

一週間くらいたてば、スッキリした気持ちになれるのかな。

 

値段がつけば、多分ここまでならなかったんだと思う。

値段がついてないことで、

なんだろう、自分の大切なモノがって感じになっているのかな。

よくわからないけど、

 

どうか、どんなモノでも価値をつけてください。

なんて思ってしまう。

 

電子書籍化が進んでいる昨今、

同人誌の世界にも電子書籍化がすすんで、

「限定」とかではなく、作品を読めるような世界になったらいいのにな。

なんて、膨大な作品量になるんだろうけど。

 

 

同人誌は「限定」だ。っていう話をしたけど、

それをいうなら、

この時間だって「限定」だし、

人それぞれ「限定」だし、

「限定」なものはたくさんあって、

みようによっては、なんでも「限定」になるわけで。

 

でも、私が夢中になるのは、「限定品」という「物」にほとんど限られていて、

そのときの「体験」もそのとき「限定」のものなのに、

体験を全然大事にはしていなくて。

 

料理だって、その時しか食べられない味なわけだし、

つまり生きていることがなんなら「限定」なわけで。

 

でもそんなことをいちいち考えていたら、

なおさら生き辛くなりそうなわけで。

 

そのときそのときを大切にする。

ならいいけど、

そのときそのときに執着する。

と大変なわけで。

 

段々何が書きたかったのかわからなくなってきたけど、

あー、同人誌売ってしまったよ!!!!!

後悔はないけど、なんとも言えない気分だよ!!!!

うあぁぁああぁぁーーーーーー!

 

って感じなわけです。

ブログに書いたら気分落ち着くかな、すっきりするかな、

と思ったけど、あんまそんなことないや。

 

この「限定」に振り回されない心がほしい。

「限定」に関して、受け入れられる心の広さがほしい。

どんと構えていられる、その状況を甘受できるそんな余裕がほしい。

 

そして、のびのびとヲタ活をしたい。

以上、心の叫びでした。

 

今日やろうと思ってること

 

本日3度めのブログです。

 

といっても、好きなこと書いてるやつだけど(笑)

個人的に、ここは好きに書いてる。

目次も読みやすさも特に考えず。

 

もう一つは読みやさ(?)とか多少気をつけつつ、

あんま記事の書き方を真似べてはいないけど・・。

 

それはそうと、

イカに時間を取られすぎて、

やろうと思ってることが以前にもましてやれてない(笑)

 

イカもやりたいことだからいいんだけどさ。

にしても、ついついやりすぎてしまうから、

今日は、程々にする。

というか、やることやってからと思いながら、

イカするかわりにここで記事書いてるよね。

 

まぁ、これもしたいことだからいいんだけど(笑)

 

というわけで、

今日はやれるかはわからないけど、書こうと思ってることメモ

 

・東京グール映画の感想

・ハロワ行ってきた パート2?

・こんまり流片付けの記事

・私の片付けのモチベあげる言葉集

・私の活動のモチベーションをあげるための記事

 

あれー?

もっとあるはずなんだけど。

あとで思い出したら追加しようかなw

 

段々頭働かなくなってきたお。

「お」とか使っちゃったお。

 

そして、今日やりたかったことな。

・手続き→済

・片付け「衣類編」を完遂。2時間くらい?

・ご飯作る

 

というわけで、

今から、片付けしてくる。片付け、するんだからー!!!

結局まだこんまり流「衣類編」終わってない

 

でも、ここで記事は終わらず、

進捗書いてくね。自分のモチベーションのために(笑)

 

17:00 衣類編開始。

17:30 衣類編終わり!かな!本類に手をつけよう。

18:30 ちょっと疲れたので、晩御飯でも作る。

19:00 食器洗って、流しもちょっと掃除して、本類の手をだす。

22:00 大方本類の仕分けが終わる。疲れたー。ご飯は合間に食べた。

 

さって、イカでもしようかな。

 

あ、前の記事、カスタムURLし忘れた。

この記事も設定しなくていっかな(笑)

 

今日の日記。

 

前の記事にも書いたけど、

私は雨だとさらに起きれなくなるタイプの人間だ。

そんな人いるの?って私も昔は思ってたけど、

異常に眠い時は大抵雨だから、

多分そうゆうことなんだと思う。ていきあつってやつなのかな。

 

というわけで、

今日は起きれませんでした!!!!

気づいたら、昼過ぎ。その上まだ寝れそう。

頭もぼーっとする。

 

今日はやろうと思ったことがちらほらあったのに!!!

しょうがなくいそいそと起き、

その一番のやることがさっき終わったとこなんだけど、

スムーズに行けば、1時間もかからない作業だったのに、

多分2時間くらいかかった・・。

雨だからかな・・。雨のせいにしたいな・・。

 

本当なら、

書類のコンビニ印刷

郵便局で手続き、書類記載。ポスト投函。

帰宅

 

の予定が、

 

自分の勘違いで、

書類のコンビニ印刷

郵便局(書類記載用の参考資料を忘れる)

帰宅(コンビニ印刷内容が間違っていることに気づく)

再度コンビニ印刷(郵便局に傘を忘れたことに気づく)

帰宅して、書類を記載。

郵便局に傘を取りに行く。書類をポスト投函。

 

というね。

コンビニと郵便局に、二度足を運ぶっていうね。

なんか疲れたよ。

雨じゃなかったら冴えてたかなとか、

傘忘れることはなかったよなって思うけど、

まぁ、全部私のヌケ感ですね。なんてね。はい。

 

ところで(?)、

2度めのコンビニ印刷に行ったときに、

お釣りが500円くらい残ってて・・。

私じゃないはずで。

つい、貰いたいって気持ちもありつつ、

良心との呵責でそのままにしてきたんだけど。

 

そのときお釣りってもらえるもん?

道に落ちてる小銭とかなら、もらっちゃえるんだけど、

コンビニ印刷のお釣りはもらえなかったや(笑)

自販機とかでも多分もらっちゃうんだけど。。

 

この、お釣りのお金とか、落ちてるお金をどうするかって、

人それぞれあると思うから、

お金もらうは悪い!とか、

いや、誰のかわからんし、もらっていいしょとか、

いろいろあると思うから、

あくまで私はだけど、

なんとなく、

戻って取りにこれそうなお金は置いておいて、

もう戻ってこない、誰かわからないやつはもらっちゃうって感じかな。

それを悪く思う人はいるかもしれないけど。

 

コンビニもねー、

2回行った間に誰かが忘れたから、

お金忘れてからそんな時間経ってないとおもって、

金額も多いし、もしかしたら戻ってくるかなーと。

店員に言っても良かったかもしれんけど、

コミュ障で無理っした。

店員も人間やし、それともマニュアルとかあるんかな。

かと言って守るかもわからなんしな(笑)

 

お金って面白いよなー。

お金、されどお金。

お金にいいも悪いも、ないし、

お金はお金。

モノと交換できる道具、ツール。

だけど、

誰の〜とか、

お金持ちは悪とか、

贅沢はいけないとか、

お金欲しいのにいっぱい持ってるといろいろ思われそうとかさ。

 

お金に人それぞれ色々意味をもたせてると言うかさ。

お金はなんもいうてないのにな。

という心理学のお話でした。

 

「お金 心理学」で検索すると面白い記事ありますよー。

オカルトかもだけど、

生きやすくなるなら、

オカルトでもスピリチュアルでも心理学でも、

利用できるモノは利用してしまえばいいと思ったり。

信仰にハマって、自分をなくすとか以外なら。

 

あー、(自分が受け取れる方向で)お金ほしい(笑)