ニートを目指して三千里 ひねくれ女子の小言日記

ニートを目指すひねくれ者が日々のうっぷんを書いたり書かなかったりするやつ

会社を辞めました。お別れ会開いてもらった。

 

私の作戦では、
最低限の人にだけ辞めると伝えて、
他の関わってた人には置手紙を残して、
最終出社日を終えるつもりだった。

でも噂で私が辞めることは耳にしていたらしい。
ありがたいことに、
ささやかな、お別れ会みたいなものをしてもらった。


前向きな理由で辞めると言ったけど、
いきなり辞めるって感じだったし、
ここのところ変な態度だったし、
本当は違うってことは多分、というか絶対感づいていたと思う(笑)

けど、それには触れず、前向きな理由へのエールをもらってその会はおわった。
まぁ、触れられるわけないけどw

一時期はランチにいったり、
談笑できる関係だったけど、
ここ一カ月くらいは、
一言も喋らない勢いで喋らなかった人もいた。

そんな喋らない関係の状態でのお別れ会。
久しぶりに会話をするけど、
さも最近まで話していたかのように別れの挨拶を交わした。

嬉しい反面、
なんだか、気持ち悪いと思った。

嬉しかったんだ、こんな私でもお別れ会を開いてもらったのは。
同じチームだったし、仲よくおしゃべりしてた時もあったから、
そりゃ別れはいい感じだったらいいなとは思ってた。。
辞めることを自分から伝えられず、
置手紙で言おうと思ってたくらいだから、
お別れ会を開いてもらえたのは、本当に嬉しかった。
望みどおり、形だけはいい別れって感じになった。

でもどことなくぎこちない感じは否めなくて。

嬉しいけど、
大人としての対応に埋もれてしまっているようで。


私が撒いた種だし、
しょうがないんだけどね。
喋らなかったのは私の方だし。

ただ、どこか気持ち悪かった。
多分、私が気持ち悪かった。

一ヶ月くらい心を閉ざして、
喋らなかったのに、
別れのときに、
なにもないように話して、笑う自分が、
気持ち悪かったんだと思う。


社交辞令かわからないけど、
これからもご飯とか行こうって言ってくれる人もいたし、
それは行けたらなって思う。
実現があるかわからないけどね笑
会社を抜かした関係の方がうまくいくこともあるよね。

兎にも角にも、
最終出社を終えました。
思った以上に、
辞めちゃうのか、残念
という声があって、
嬉しいなって思った。社交辞令かもしれないけどね笑

いろいろあれど、振り返れば、悪く無かったかもなと思うこともあるけど、
それでも今後続けられるかと言われるとそれはなくて。

まぁ、私みたいなやつがなんとか続けられたのも、
周りの助けがあったわけで、
でも会社は嫌いなわけで。

なんだろーなー。
特に終わったー!っていう強い気持ちも、
あー、終わったんだなっていう燃え尽きた感じでもなくて、
なんだかすごくナチュラルな気分です。
ニート生活はじまれば、
また違う感じかもしれんけどね!

以上、最終出社を終えた感想でした。

感慨深い・・・ことはなかった。最終出社まであと2日。

 

明日、明後日で終わりなんだけどね。

感慨深い気持ちになるかな、どうかなと思っていたのだけど、

ならないものだね。

 

冷たい人間なのかなとも思ったりするけど、

多分そうじゃなくて、不器用な人間なんだなって思う。

 

切り捨てるのが下手な故に、

切り捨てるときはバッサリ言っちゃうんだろうな。

中途半端な情とかに私は耐えられないんだろうな。

 

とかセンチなことを考えたり。なんだか不思議な気分です。

不思議というか。

 

こうあるべきだって感情じゃないからさ。

仲良くしてた人もいるんだから、

悲しむべきだみたいな思いがどっかしらあるみたいなんだけど、

悲しいとかないんだよなー。

 

あーおわるんだなって感じ。

 

タスクは結局終えました笑

めっちゃゆっくり取り組んでも、終わる量だったわ笑

取り組むことすら無理って感じだったけど、

手を動かせば自ずと終わるもんだねー

私が会社で苦しかったのは、自分ルールに縛られていたからだと思うんだな。

 
多分だけどね、
私が会社で苦しかったのは、自分ルールに縛られていたからだと思うんだな。
 
同じようなことを既にどっかの記事に書いている気はするけど、
まだ書き足りないみたいだ。
 
そもそも働きたくないって思いが人一倍強くて、
でも、働かないといけないとも思っていて、
だから、働きたくないけど働くってことをずっとしていて。
 
そーゆー人はたくさんいると思うから、
自分だけ文句いっちゃだめだとか思っていて。
 
さらには、働きたくないって思うなら、
楽しんで働いてはいけませんみたいな自分ルールもあって。
 
楽しんで働いてはいけませんってルールがあるくせに、
もっと苦しんで大変な人がいるんだから、
これぐらいで文句を言ってはいけない
こんなことでストレスを感じてはいけない。
っていうルールもあって二重苦の中にいたんだよね。
 
辛いけど、辛いと思うことすらダメ。みたいなさ。
それがさらに苦しい。みたいなさ。
でもそんなこと言ったところで、甘えだって一蹴されそうだしさ。
 
もしも楽しんで働いたら、
働きたくない気持ちは嘘になってしまう。
もしも楽しんで働いたら、
辞めることができなくなってしまう。
 
文字で書いてみるとおかしいけど、
心の中では本気でそう思ってたんだよね。
辞めるためには苦しまないといけないって。
辞めたいって思うには、嫌な状況がないといけないって。
 
だから、楽しいことも楽しいと思えなかったし(楽しいこともそんなにないけど)、
いつも嫌だなと思いながら作業してた。
 
その上、
性格的にサボるとかできなくて、
タスクもきっちりやってたけど、
やる気はないし、アピールもないし、
笑顔で元気にとかもなかったから、
あんまり評価されず、
募る不満。
 
まぁ、しょうがないかもしれないんだけどね。
やる気あるように見せるやつが、やってると思われるってのはさ。
やる気ないように見えるやつが、きちんとやってるとか思わないだろうしね。
って、思う思わないで判断せずに、成果物みろよともおもうけど、
それは私が求めすぎって話なんでしょう。
 
私がうまくやれば、よかったんだろうけど、
やる気とか、アピールもさ、できるほど器用な人間じゃなかったし、
何と言っても、会社そのものが嫌いだったから、
愛想振りまくとかできなかったんだよね。
(会社は嫌いだけど、現場で働いてる人はいい人でした)
 
そういえば、損してるとか言われたこともあったなぁ。
ちゃんとやってるのに、見せ方が下手で勿体無いみたいな。
 
ちょっと言い訳なんだけ、
私が頑なに会社に対して前向きな気持ちが抱けないのにも理由があってさ。
入社前から会社が嫌いだったわけではないんだけど、
入社当日に洗礼を浴びてね。
あ、この会社終わってるわ、と思って、そっから生理的に無理っていう経緯があったりするのよ。
 
だから、愛想ないとか、やる気ないとかいうけど、
元々の性格もあるだろうけど、
洗礼のせいもだいぶあるからね。
 
極端な例だけど、
毒飲ませようとしてきた相手に心開けますか?
楽しい気持ちとか抱けますか?
って話よ。
私は恨むことしかできませんでした。あしからず。
 
なら、まぁすぐ辞めればよかったのではって話なんだけど、
まぁ、色々事情があって今のままで辞めれなかったんだよ、パトラッシュ。
 
段々何を書いているかわからなくなってきた。
 
つまりはー、
私が辞めることはしょうがなかった話なんだよってこと。
私が辞めるのは必然だったんだよってこと。
 
なんだろうね、誰かに言い訳したいのかな。親かな。
誰に責められるわけでもなく、1人防衛。
 
会社が嫌いと理由で、
やる気なかったり、協調性がなかったり、
会社の「人」にはご迷惑をおかけしたけど、それもしょうがない話。
(会社の「人」には申し訳なく思っている。
洗礼がいけない。
 
だから、会社の「人」は悪くないのに、
取扱い注意みたいな態度取ってしまって、それは申し訳ないと思うけど、
かと言って楽しいなんて思えなかったんだから、やっぱりしょうがない話。
 
もう辞めるのにね。
なんで辞めることに言い訳してるのかね。
この辞めてはいけない呪いみたいなのってなんでしょうね。
 
時間もできることだし、
一度この心の闇(?)に向き合って、
私もはっぴーらいふを謳歌したいと存じまする。

会社を辞めるのが近づくにつれて、我慢がままならなくなる。

ニート予行日最終日でございまっす。
そう、来週終えればニートです(パッパカパーン
 
 
大人じゃないからさ、
無理をしてまで我慢できなくて、
わかってはいんだけど、
どうしてもイライラは態度に出てしまうんだよね。
(by オトナチック
 
大人の対応をしないと、とは思うんだけどさ。
できなくて、だめだなぁーとも思うんだけど、
思ったところでイライラは出ちゃうしさ。
 
それが会社を辞める日が近づくにつれ、
我慢できたものもできなくなっちゃってさ。
 
それをしょうがないと言ってはいけないかもしれないけど、
そもそも会社を辞めると決意した時点で、
「もうこの会社でやってくことはできない」っていう状態だったんだよね。
 
つまり、限界が来てたんだよね。
 
 
これを限界フェーズ1の
【会社を辞めると決意】
 
 
この段階で、
・もう会社を続けることはできないと思ってる
・仕事をやったところで、(辞めるから)意味はないと感じてる
・無理な人はいるけど、辞めるし我慢だ
・仕事もこれ以上やりたくないけど、周りに伝えてないしとある程度は取り組む
・社内である人が楽しそうにしてたり、声が聞こえるだけでイライラがマックスになる
・けど、辞めるし我慢だ
って感じだった。
ちょっと理由があって、会社に辞めると伝えるのは時間をあけようと思っていたんだけど、
・無理な人がいる
・仕事をやったところで、(辞めるから)意味はないと感じてる
・声聞くだけでもアウト
 
という状態で、
また我慢の限界がきて、予定より早く会社に辞めることを伝えることにしたんだよね。
 
すなわち限界フェーズ2の
【会社に辞めると伝える】
 
 
この時点で、私は限界を2度迎えていることになるんだよね。
私の精神がおかしくなるのも無理はない。
今まで我慢できてたことができなくなるのもしょうがない。と思う他ない・
 
と思うのだがどうだろう。
と今は冷静に分析しているけど、
当時はしょうがないと思いつつも、
我慢できない自分にもイライラするという悪循環だった。
 
この段階では、
【会社を辞めると決意】
のフェーズに加えて以下が追加される
 
・辞めると伝えてるのに、想定以上のタスクにストレス
・そのタスクは続けるとしたら私だっただろうが、辞めるとなった今それは私か?という疑問を抱いてしまう
そもそも限界がきている状態でのタスク割り当てでやる気ない
・辞めるってなって、なるべく仕事をやってもらおう感にいらっとする(しょうがないとか思う余裕ない
・辞める要因でもあるが、仕事の頼み方がすごく私に合わなくてストレス
・とりあえず限界だから、思いやるとか余裕ない
 
 
で一週間を終えたので、
私の精神のピークはそろそろ限界だーい。
 
限界を迎えて辞めるって伝えた時点で、
穏便にことをとか無理だーい。
 
ニート予行日最終日でございまっす。
そう、来週終えればニートです(パッパカパーン
 
 
大人じゃないからさ、
無理をしてまで我慢できなくて、
わかってはいんだけど、
どうしてもイライラは態度に出てしまうんだよね。
 
大人の対応をしないと、とは思うんだけどさ。
できなくて、だめだなぁーとも思うんだけど、
思ったところでイライラは出ちゃうしさ。
 
それが会社を辞める日が近づくに連れ、
我慢できたものもできなくなっちゃってさ。
 
それをしょうがないと言ってはいけないかもしれないけど、
そもそも会社を辞めると決意した時点で、
「もうこの会社でやってくことはできない」っていう状態だったんだよね。
 
つまり、限界が来てたんだよね。
 
 
これを限界フェーズ1の
【会社を辞めると決意】
とする
 
この段階で、
・もう会社を続けることはできないと思ってる
・仕事をやったところで、(辞めるから)意味はないと感じてる
・無理な人はいるけど、辞めるし我慢だ
・仕事もこれ以上やりたくないけど、周りに伝えてないしとある程度は取り組む
・社内である人が楽しそうにしてたり、声が聞こえるだけでイライラがマックスになる
・けど、辞めるし我慢だ
って感じだった。
ちょっと理由があって、会社に辞めると伝えるのは時間をあけようと思っていたんだけど、
・無理な人がいる
・仕事をやったところで、(辞めるから)意味はないと感じてる
・声聞くだけでもアウト
 
という状態になり、
また我慢の限界がきて、予定より早く会社に辞めることを伝えることにしたんだよね。
 
すなわち限界フェーズ2の
【会社に辞めると伝える】
段階
 
この時点で、私は限界を2度迎えていることになるんだよね。
私の精神がおかしくなるのも無理はない。
今まで我慢できてたことができなくなるのもしょうがない。と思うほかない。
 
と思うのだがどうだろう。
と今は冷静に分析しているけど、
当時はしょうがないと思いつつも、
我慢できない自分にもイライラするという悪循環だった。
 
この段階では、
【会社を辞めると決意】
のフェーズに加えて以下が追加される
 
・辞めると伝えてるのに、想定以上のタスクにストレス
・そのタスクは続けるとしたら私だっただろうが、辞めるとなった今それは私か?という疑問を抱いてしまう
そもそも限界がきている状態でのタスク割り当てでやる気ない
・辞めるってなって、なるべく仕事をやってもらおう感にいらっとする(しょうがないとか思う余裕ない
・辞める要因でもあるが、仕事の頼み方がすごく私に合わなくてストレス
 
 
で一週間を終えたので、
私の精神のピークはそろそろ限界だーい。
 
限界を迎えて辞めるって伝えた時点で、
穏便にことをとか無理だーい。
 
 
まとめると、
・会社を辞めると決意する
・会社をに辞めると伝える
で2段階でストレスが掛かったよっていう話でした。
 
よくわからん内容になってしまったけど、
来週いっぱいでニートなんで、なんとか乗り越えまっす。

ニートな私でも友達は変わらなかったから、ほんといい友達だなって話

 

 

ニートのカミングアウトは抵抗があるってことを書きましたが、

ついついカミングアウトしたくなってしまうのが私でして。

 

よかったねと言ってくれる友人にしかカミングアウトしたくないって書いたけど、

大抵の友人が、

やっとか!

ついにか!

ニート楽しんで!

 

 

って言ってくれるから、

ほんと私は幸せもんだなって思った。

 

 

もちろん、

この後どうするの?

転職するの?

え?ガチのニート

みたいな反応する友人もいたけど、

だからって友達を辞める人たちではないし(と思ってる)、

ほんと恵まれてるなって思った。

 

 

中には、ニートになるって伝えたら、「おめでとう」って言ってくれる友人もいたし、

なんだかんだ大変そうにみえてたのかな、なんて思うし、

自分でもよくやってたなと振り返って思う。

 

 

会社には会社の文化と雰囲気があるし、

それが合うならいいけど、

それが合わないなら辞めればいいんだなということが今回わかった気がする。

 

 

そのコミュニティが合わなければ、

他のコミュニティがある話は頭ではわかっていたが、

それを実感した。

 

 

会社というのも一種のコミュニティで、

会社の中では自分の考えが合わなくても、

友人の中では自分の考えを受け入れてもらえる。

 

 

会社と友人を同軸にしてはいけないかもしれないが、

コミュニティはコミュニティだ。

 

 

働くなら、働いて楽しい人と場所がいい、とこの記事でも言われているけど、

本当にそのとおりだと思う。

 

www.income-carnival.com

 

 

ただ、今回の会社で思ったのは、

組織の中で私はやってけないかもしれんなーってこと。

 

 

前半に書いたことと矛盾するけど。

どっちも自分が思うこと。

 

 

前半には、

今回の会社はコミュニティとして、私にマッチしなかった、

つまり、マッチするコミュニティがあればいい!

友達はマッチするコミュニティだ!

って書いたけど、

 

 

本当にコミュニティが合わなかったのか、と。

コミュニティ以前に、私に問題があるんじゃないか、と。

もし私に問題があるのであれば、

どんなコミュニティにいっても合わないんじゃ・・・

とも思う。

友人は、自分で選べるという点で特殊なコミュニティだ。

利害関係も(ほとんど)無い。

 

 

でも組織にはルールとか、利害関係とか、自分じゃ選べないこととか、いっぱいある。

そんな中、私にマッチする組織(コミュニティ)なんてあるのかって思う。

 

 

自分で言うのもなんだけど、私は協調性が無い方だと思う。

合理主義で、意味のない馴れ合いは好まない。

ほうれんそうという点でのコミュニケーションは取るが、それ以上は特に求めない。

けど友人と話すのは好きだし、別にコミュニケーションが取れないわけでもない。

ただ、感情の起伏が激しくて、嫌なことがあるとすぐに態度にでる。ある意味わかりやすい。

態度にでるけど、一時的なものだし、必要に応じて、機嫌悪いですごめんなさいと相手にも伝える。

精神論がかなり嫌い。押し付けが嫌い。好き嫌いがはっきりしている。

から、扱いにくいようで扱いやすいと思うんだけど、

飲み文化とか、意欲的に!とかそーゆーのは全部アウト。

それを求められる時点でアウト。

って感じだから、やっぱ組織に入れる気はしない。

だって、必ずっていうほどいるじゃん、そうゆう人。

勝手にやってるならいいけど、精神論者って他人にもそれを押し付けるイメージある。

世間的にはそれは正しいことだから、こっちが断るとこっちが悪いみたくなるしさ。

 

 

と、だいぶ話がそれちゃったけど、

こんな私でも合うコミュニティがあるといいなー。

それか、無理せず折り合いを付けられる人に自分がなれたらなー。

 

 

でも、まぁ、一旦は休息を頂きます。

今後のことは何も考えてないや笑

 

 

私にも合うコミュニティがきっとある、と思えるくらいになりたいです。

 

 

 

スマフォからの投稿でリンクの張り方わからなかったや……後日修正したい。

修正した!(2017-06-18)

親に会社辞めるって言う?言わない?言えない?

 
私の両親は、多分、世間体を気にする人たちで、
当たり前をすごく望んでいる人たちなんだと思う。
 
そんな親を持っていたから、
私も親の当たり前を当たり前と思って生きてきた。
ほんの数年前までは。
 
いい会社に入るためには、いい大学をでないといけない。
いい大学に入るためには、いい高校をでないといけない。
いい高校をでるためには、いい中学をでないといけない。
勉強をしないといけない。
 
それが当たり前だった。
当たり前だから、それが普通だと思っていた。
だから、勉強もしないといけないと言われて、勉強した。
勉強は嫌いだったけど、私なりにすごく勉強した。
高校は進学校だったし、
結構、東大、京大、医学部とか多かった中、
私は国公立の大学でも偏差値の低めのところに入学した。
ちなみに第一志望は落ちた。
 
そんな環境だったから、
私はそんなできる方ではないと思ってたし、
自分が高学歴とか思ってなかったけど、
ちょっとばかし世界を知った今は、私は多分高学歴の分類なんだろなって思う。
 
別に、自慢がしたいわけじゃなくて、
当たり前すぎて、気づかなかったから、
当たり前って怖いってことを書きたかった。
自分にとって当たり前でも、他の人にとっては違うことはたくさんあって、
自分にとって当たり前だから大したことがないと言うのは、
きっと他の人達をそれ以下だと言っていることにほかならなくて。
そんなことに気づけたのも最近だ。
 
そんな、私とか親とかにとっての当たり前の中で、
私は浪人も留年も就職浪人もせずに今までストレートできた。
それを当たり前だと思ってた。数年前までは。
今は、
これって褒められてもいいんじゃね?
って思うけど、
今でも親からしたら当たり前判定されるし、
ストレートの人も大学ではゴロゴロいたから、
やっぱりそれが当たり前みたいなところはある。
浪人している友人はいたけど、
大学から社会人まではストレートだったし。
 
そんな中で、
理由もないのに会社を辞めるなんてことを親に言えるだろうか、いや、言えまい。
まぁ、私も一般的には大人の年ですし、
わざわざ親に言わなくてもと思うけど。
今時会社辞めたって親に報告するもんなんですかね、しないもんなんですかね。
わからないけど。
 
報告してそれを受け入れてくれる親なら、辞めたって伝えたと思う。
けど、辞めたって伝えて返ってくる言葉はきっと、
・これからどうするんだ
・お金はどうするんだ
・なんで辞めたんだ
・そんなことで辞めたのか、どこもそうだ
・我慢できなかったのか
・甘えるな
とかきっとそんな感じなことだろうからさ、言えるわけ無い。
 
ずっと辞めたかったことなんて親は知らないし、
辞めたいと思うことすら甘えだと言ってきそうだし、
私にとっては、会社を辞めるに至る理由があったけど、
親にとってそれは会社を辞める理由にならないだろうし。
 
多分なー、私が会社を辞められなかったのは、親の影響もあるんだろうなー。
いつまで縛られてるんだろうなー。
親離れしたいなー。
子離れしてくれないかなー。
 
多分なー、会社を辞めることに罪悪感抱いてるんだろうなー、私は。
多分なー、ニートになることに罪悪感抱いてるんだろうなー、私は。
こんなに望んでるのにね、おかしいね。
 
罪悪感があるとさ、心のどっかで自分を責めちゃうんだよね。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
これだけ自分を責めてるから許してください。
こんなにたくさんの理由があるの、だから許してください。
みたいな感じでさ。
 
罪悪感くるしーなー。解放されたいなー。
ニートになったらさ、ゆっくり自分と向き合いたいなって思います。

会社を辞めるには、それ相応の理由がないと辞められないと思ってます。

 
いつからかなぁ、私が会社を辞めるには条件が必要だった。
 
その一、辞めるのはよっぽどな状況じゃないとダメ
その一、辞めるにはよほどの理由がないとダメ
その一、辞めるには、辞める以外選択肢がないくらい苦しまなくてはダメ
その一、楽しいと思ったら辞めてはダメ
その一、転職先が見つかってからじゃないとダメ
その一、全てを投げ出すほどの夢がないとダメ
その一、辞めた「後」がないとダメ
その一、親の許しがないとダメ
 
とか、そんなルール。
 
多分、親とか世間とかそーゆーのから出来上がっていったんだと思う。
 
会社を辞めるにはそれ相応の理由がないとダメだと。
働くことを辞めるには、それ相応の理由が必要だと。
 
いつからかわからないけど、私はできれば働きたくないと思ってた。
多分、ネットとかテレビとか周りの影響かな。
「働くこと=辛いこと」
「働くこと=嫌なこと」
「お金をもらうこと=我慢」
みたいな図式を持ってたもんだから、働きたくないと思うのも当然っちゃ当然だと思う。
 
あともう一つ。
「働かないといけない」っていうルールも持ってた。
 
二重苦だよね。
「辛くて、嫌で、我慢しないといけないことをやらないといけない」
とか。
けど周りもそれが当たり前というか、
それを嫌がるのは甘えとか、
私も若い頃は苦労したんだから(お前もしろ)とか。
 
嫌なもんを嫌だということすら許されないというかさ。
嫌なもんを嫌って言うのすら甘えっていうかさ。
でも嫌なことを嫌だと愚痴ってしまうんだけど、
それすらも無意識に罪悪感を抱えていて、すっきりしないというかさ。
 
もっと頑張ってる人とか、もっと環境が悪い人もいるから、
これくらいで泣き言言ってたらダメだとか、
文句言っちゃダメだとか、
やめちゃダメだとか、
そんなことを思いながら、友人たちと愚痴をいいつつ、
これまでなんとか過ごしてきたんだけど。
 
 
つまり何が言いたいかというと、
私が辞めるってことを決意するためには、
私が認めるくらいよっぽどの状況が必要だったわけで。
 
今までも辛かったけど、
辞めるには至れない辛さだったわけで、
でも私は辞めることを望んでいたわけで、
私が辞めれるように神様もここまで追い込んだのかなとかちょっと思ったりするわけで。
そうなると、なんか恨んじゃった上司とかとんだとばっちりだったかなとか思ったりするけど、
それでも納得はいかないし、はぁ??って思うし、
つまりしょうがない出来事だったんだと思うんだけど。
 
段々まとまらなくなってきたけど、
心理学とか、アドラー的には、
この嫌な状況を作り出したのは、辞めるっていう望みを叶えるためだったのかなー。
とかそんなオカルトじみたことをちょっと思ってしまうんです。
だとしたら、もっと優しい方向で辞めたかったけど、
優しい方向なんぞ私にはなかったから、荒療治になったのかな。
散々辛いと言ってきて辞められなかったことを見越して、
辞めると決意するだけの圧力を掛けてきたのかな。
 
うん、なんか意味わかんないですよね。オカルトですね。
 
 
長々書いちゃったけど、まとめると、
辞めるにはそれ相応の理由がないとって思ってたから、
ここまで状況をこじらせちゃったのかな、みたいなこと書きたかったんだ。
 
おしまい。