ニートを目指して三千里 ひねくれ女子の小言日記

ニートを目指すひねくれ者が日々のうっぷんを書いたり書かなかったりするやつ

猫になりたい

 

ピンポンで起きて、

眠気眼に対応して、

そのまま大きなクッションに身体を預けて、

もう一眠りしようとしたときにふと、

「猫になりたい。」って思った。

 

猫なら、

好きに生きられるから。生きているように見えるから。

 

今日何しようとか、

明日何しようとか、

生きるってなんだとか、

お金どうしようとか、

このままでいいのかなとか、

本当は何をしたいのかなとか、

そんな煩わしいことを考えないで生きていけるんじゃないかって。

 

やりたいことやって、

マイペースに生きれるんじゃないかって。

なにより、人生の悩みなんてなくなるんじゃないかって。

 

そんなことを考えて、

人をだめにするクッションにすっぽり身を預けながら、

心持ち身体を縮める。

このまま猫に慣れたらいいのに。

 

 

きっと、猫は猫で苦労することもあるだろうけど。

人生についてとか考えたりするのかな。

そんなことを考えるのは人間くらいで、

猫に限らず動物達は、今を生きている気がする。

 

「今を生きる」ということを度々目にする。

今に生きるってなんだ。

人生について悩む私は、きっと今を生きていないんだろう。

先のことを憂いて、苦しかったあの頃も、その時を生きてはいなかったんだろう。

 

今を生きている動物たちに比べて、

人間ってのはある点では遅れた生き物なんじゃないか。

人生に悩んでしまう私は、

猫より随分馬鹿なんじゃないか。

そんなふうに感じるってことは、

私は猫より優れていると思ってたってことで、

すぐに優劣をつけたがるのも、

猫からみれば、すごく滑稽なことなのかもしれない。

 

思考できるのは人間だけだとしたら、

それは利点でなく、欠点なんじゃないかと。

文明が発達せずとも、思考するものがいなければ、

今も豊かな大自然で、それぞれが調和して生きていたんじゃないかって。

 

そんなとりとめもないことを考える。

 

なんてことを言っても、私は猫になれるわけではないし、

思考すること、悩むことが人間に与えられた権利なら、

それが人間らしさってやつだし、

他の動物が自分を受け入れているように、

私も悩んでしまうってことを受け入れるのがいいのだろうし、

人間は動物に劣っているとは書いたけど、

 

思考する人間だからこそ、

これだけ文明が発達して、

キーボードから文字が打てて、

ネットから自分の文章を発信できるわけだし。

食べ物にも困らないし、

クーラーは必須だし、

全部お金が必要だけど。

 

そうなると、お金って不思議なものだ。

なんて方向に進んでいってしまうんだけど、

飼い猫になりたい。

 

生きるに困らないものを与えられて、

何もせずとも可愛がられ、

マイペースさを受け入れてもらえる、

飼い猫になりたい。

 

そんことを思った。