ニートを目指して三千里 ひねくれ女子の小言日記

ニートを目指すひねくれ者が日々のうっぷんを書いたり書かなかったりするやつ

同人誌を売ってきた

 

気づいておられる方がおられるかわかりません、

突然のカミングアウト(?)、私はいわゆる、オタクだったりします。

 

とは言っても、

全盛期は随分前で、最近は特に活動もしていないのですが(笑)

お金も意欲も時間もない。

時間は、あるはずなのに、ない(笑)

ヲタ活したいのに、できない。というか、してない。

アニメイトとかも全然行ってないや・・。行くとテンションあがるんだけど(笑)

 

そんな話はともかく、

今月の強化月間、こんまり流片付けの一環で、

幾つかの同人誌を手放すことにしました。

 

※ 同人誌という言葉が苦手な方は、

この先読むことをおすすめできませんので、

自己責任(?)でお願いします。

 

手放すことに決めた同人誌を、

K-BOOKSとか、まんだらけに持って査定をしてもらったんだけど、

値段がついたのは5冊のみ。

ほとんどオリジナルのイラスト集だったこともあり、

残りの数十冊は値段がつきませんでした。悲しい。

オリジナル好きなんだけど、弱いんだよね。悲しい。

 

手放すと決めたけど、

なんかショックだーーーー。

すごく悲しい。なんというか悲しい。

なんとも言えない気分になりました。

ああああああああああ。って感じ。

 

そもそも、同人誌というのは、

個人が作った本で、そもそも部数が少なくて、

手放すと二度とお目にかかることはできない代物だと思ってる。

 

つまり、簡単に言えば、

限定品なわけだ。

 

同人誌はもれなく、限定品。すべからく、限定品。

 

 

私はこの「限定」というのにすごく弱い。

「二度と手に入らない(かもしれない)」というのにすごく弱い。

(自分が欲しいと思ったものに関してだけだけど)

 

様々な同梱版とかが高値で取引されているところをみると

皆もこの「限定」というのに弱いのだろうな。

 

 

商業誌と違って、同人誌は買い直すのが難しい。

まず、見つかる保証がない。

「サークル名」「作品名」「作家」など、

必要な情報がなければ、探しようもないし、

そもそも探して情報があるかもわからない。

 

商業誌は、そもそも部数が多いから、

ストーリーがわかれば、知恵袋とかでその作品を特定できるかもしれない。

多分、同人誌はよほど有名じゃないとそんなことはできない。

 

もし、欲しい同人誌が特定できたとしても、

それを手に入れることができるかもわからない。

お店や通販で手に入ればいいけど、

古いものだとそれも難しい。

あったとしても、プレミアがついてて高値な可能性もある。

高値だとしても、手に入る方が稀だったりもすると思う。

運が良ければ手に入る、そんな代物、同人誌。

 

ながながと書いてしまったけど、

何が言いたいかというと、

 

一度、同人誌を手放してしまえば、

もう二度と手に入れることはできないもの。

 

ということ。

それをわかった上で手放すことを決意したんだけど、

それでも、悲しいものは悲しい。

手放したことを後悔はしていないけど、

なんだかなーという気持ちがある。

 

世の方は同人誌の扱いをどうしているのだろうか。

ずっと持っているのだろうか。

捨てることに躊躇いはないのだろうか。

 

商業誌はまだ、

手に入れようと思えば、割りとすぐ手に入るから、

「限定度」が薄い。

それゆえ、手放せるし、執着もしない。

 

けど、同人誌はそんなことはないわけで。

しかも、売る際、値段もつかないとなると、

ただ捨てたのと変わらないわけで。

なんだかとても心苦しい。

 

全部買い取ってくれたら、まだなんか心の持ちようもありそうだけど、

処分されるのかなー。

それとも、値段を付けずに引き取って、適当にうるのかなーとか、

どっちにしろ、なんか嫌だ(笑)

 

同人誌は、正直安くない。

個人が作成しているわけで、単価はどうしても高くなる。

薄っぺらい本が一冊500円以上するわけで。

それを買うってことは、相当気に入ったり、覚悟の上で買っていたわけで。

(限定だから買っちゃうってのもあるけど。)

 

買う=結構吟味して気に入ったモノ

なわけで、

手放すときは、その買ったときの気持ちもひっついてくるのかな。

 

買ったことも、手放したことも、

後悔はないけど、

それでも、心苦しいもんは心苦しいんじゃい!!!

 

ほんとオタクの人はどんな気持ちで活動しているんだろうって思うくらい、

辛い所業だなと思ってきた。

 

そもそも同人誌はすべからく「限定」なわけで、

その「限定」を求めて駆け回り、

欲しいモノを全部買えるわけもなく、

「たくさんの限定」の中から更に買うものを吟味して、

手放すときは多分、今生の別れになるわけで。

 

なんという、一期一会。

 

それともこんなに気になってしまうのって私だけなのかな。

みんなそれを受け入れて、ヲタ活エンジョイしてるのかな。

それとも辛くとも抗えない業の中で行きているのかな。

 

渡しの場合は、そんな気持ちになることがわかるから、

もう同人誌なんて買えない!って思ってしまったりする。

ヲタ活ができないのはそれもあるかも。

(でもイベントに行ったらつい買ってしまうんだけど。

 それもまた、その時を逃すと手に入らなくなるから・・)

 

私がヲタ活をしていないのは、 

欲しいものが手に入らない状況が多くなりそうだから、

だったら、はじめから知らないほうがいいって思ってるのかな。

知ってしまったら、欲しくなってしまうから。

 

ずっと保存しておけばいいのかもしれないけど、

物が増えるのは嫌って気持ちもあるし、

電子書籍化すればよかったのかもと思うけど、

それをしてもデータは増えてしまうし、

読む保証はないし。

(でも手放すより気持ちは楽になりそう)

 

あー、なんだか凹む。

自分がやったことだけど、凹むよー。

売らなきゃよかったのかな?そんなことはないけど。

あー、あー、あー。

一週間くらいたてば、スッキリした気持ちになれるのかな。

 

値段がつけば、多分ここまでならなかったんだと思う。

値段がついてないことで、

なんだろう、自分の大切なモノがって感じになっているのかな。

よくわからないけど、

 

どうか、どんなモノでも価値をつけてください。

なんて思ってしまう。

 

電子書籍化が進んでいる昨今、

同人誌の世界にも電子書籍化がすすんで、

「限定」とかではなく、作品を読めるような世界になったらいいのにな。

なんて、膨大な作品量になるんだろうけど。

 

 

同人誌は「限定」だ。っていう話をしたけど、

それをいうなら、

この時間だって「限定」だし、

人それぞれ「限定」だし、

「限定」なものはたくさんあって、

みようによっては、なんでも「限定」になるわけで。

 

でも、私が夢中になるのは、「限定品」という「物」にほとんど限られていて、

そのときの「体験」もそのとき「限定」のものなのに、

体験を全然大事にはしていなくて。

 

料理だって、その時しか食べられない味なわけだし、

つまり生きていることがなんなら「限定」なわけで。

 

でもそんなことをいちいち考えていたら、

なおさら生き辛くなりそうなわけで。

 

そのときそのときを大切にする。

ならいいけど、

そのときそのときに執着する。

と大変なわけで。

 

段々何が書きたかったのかわからなくなってきたけど、

あー、同人誌売ってしまったよ!!!!!

後悔はないけど、なんとも言えない気分だよ!!!!

うあぁぁああぁぁーーーーーー!

 

って感じなわけです。

ブログに書いたら気分落ち着くかな、すっきりするかな、

と思ったけど、あんまそんなことないや。

 

この「限定」に振り回されない心がほしい。

「限定」に関して、受け入れられる心の広さがほしい。

どんと構えていられる、その状況を甘受できるそんな余裕がほしい。

 

そして、のびのびとヲタ活をしたい。

以上、心の叫びでした。