ニートを目指して三千里 ひねくれ女子の小言日記

ニートを目指すひねくれ者が日々のうっぷんを書いたり書かなかったりするやつ

今日の充実度は120%、いや150%くらいあるっっ

 

ニートになってから日々の充実度が60〜80%くらいだとして、

当社比、今日はとても充実した1日を過ごせた気がする!!

 

どれくらい充実していたかを箇条書してみると、

・10時から活動しだす(当社比ずいぶん早い

・カーペットを洗濯した(やった感

・洗面所周りを掃除した(やった感

・玄関掃除した(やった感

・通常食器洗い

・漫画を4冊読んだ(これから読むかも

・お出かけした(やった感

・買い物の下見(やった感

・自炊

・アニメを1シリーズ(魅了

・ブログを描く

とまぁ、めっちゃいろいろした気がする!!!!

 

何を隠そう、この「やった感」が多ければ多いほど、

私の充実感パラメーターが上がるのだ。

「やった感」とはその響きの通り、

私が

「作業した〜」

「タスク消化した〜」

「仕事した〜」

と感じることである。

 

 

ちなみに大体の日々はこんな感じ(笑)

・通常洗濯

・通常食器洗い

・ちょっと掃除

・ブログ

・アニメ(比率重

おしまい。

そう、なんとなく一日が終わってしまう。

 

にーとになったらやりたいことがたくさんあったはずなのに!

一日ふりーなのに!!

日々感じることは、

・一日があっという間に過ぎる

・何もしていないのに終わる

・アニメの消化スピードだけ早い

・いつの間にか消えている時間がある

etc...

 

なんでだ・・・。

これが理想と現実の違いか・・・。

 

でも!今日は!特に成果はないけど!

とても充実した一日を過ごせたと思うんです!!!

 

でもね、そんな今日でも、

やっていることはそんなに大したことではないとも思っている。

けど、なんで充実度が150%もあるかというと、

100%の基準を80%に持ってきてるからだったりする。

 

と書くと、

「突然どうした?」

「意味がわからない」

と思うだろう。

説明させて欲しい。

 

まず

「100%充実した1日」を想像したとき、

それを実際に過ごすのは結構難しいと思うんだ。

100%がマックス。そうかもしれない。

でもそうすると、

自分がマックスだな1日だと感じない限り、

「100%充実した1日」は訪れない。

 

けど、

「ほどほどに充実した1日」を想像したとき、

それは普段の生活とか、実現可能な現実になると思う。

だったらその「ほどほどに充実した1日」を

100%の基準にしてもいいんじゃね。

普段の過ごし方が100%なんじゃね。

と私は思ったのだ。

というか、気分良く過ごせるし、気分が楽になる気がするから、

私がそうしたいだけなのだけど(笑)

 

完璧を100%とするのか

通常を100%とするのか

 

それは人それぞれだと思うし、

状況によっても採用する基準は違うだろう。

 

でも、日々の充実度に関しては、

通常を100%に私はしたい。

 

というわけでは、

今日は150%、いやそれ以上の充実度があったと思うんだ。

 

なんて、いつもいつも充実度を考えてるわけではないけれど。

息が詰まりそうだし(笑)

 

 

なんとなく〜じゃなくて、

充実してる〜って思えるような日々にしたいなって思います。