ニートを目指して三千里 ひねくれ女子の小言日記

ニートを目指すひねくれ者が日々のうっぷんを書いたり書かなかったりするやつ

母から受け継いだ「好きなことは、やることやったあと」精神からそろそろ解き放たれたい。

 

どうも、珍しく休みに早起きした、さとうです。

まだ10時30です。12時とか午後まで寝ている私にとっては早起きです。

わかるわかる〜〜と思われる方も、おっそ!!!!!と思われる方も、

おはようございます。

 

夜の更新が多いこのブログですが、

今日は朝からの更新ですよっと。

 

なぜか。

 

今日のタスクは、このブログの記事を書くことだけだから。

 

タスクさえ終われば、あとはなにやってもいい。自由の身。と思っているから。

 

別にブログは、夜書いてもいいし、夜も書けるけど、

タスクは早めに消化した方がいいだろうし、精神的にもよろしい。

あれやらなきゃって思考から解放されるし、

タスクやったし!という安心?感もある。

(私の場合、タスクを終えた満足感より、タスクを完了できた安心感の方がでかい

 

まぁ、休みなので、掃除とかがタスクに入るときもあるけど、

今日は必須タスクではないので、

優先順位が一番高いのは、このブログの更新というわけだ。

私はだいたい何においても、このような考え方をしている。

いわゆる、効率厨というものだと思う。

だから「無駄」ってものが、すごく苦手というかもはやストレスだ。

(これについては、またいずれ詳しく書きたいな

 

それはさておき、

 

「好きなことはやることやったあと」精神からそろそろ解き放たれたい。

 

例えば今日だと、別にブログはいつかいてもいいのに、

起きてそうそうタスク消化に走っていたりとかね。

起きたときに考えていたのは、今日のブログはどうしよう、だ。

 

今日何しようか、ではなく、タスクどうしようかを考えてしまう。

「ならもう、書いてしまえ」とネタ帳からこれっていうのを書いているんだけど、

本当なら、やることやってなくても、さっきの「自由の身」の状態でいたい。

タスクがあろうとなかろうと、

好きなことをができる自由さと軽やかさが欲しい。

 

多分だけど、この性質は母親譲りなんだと思う。

母は

これやりたい、あれやりたいよりも、これやらなきゃ、あれやらなきゃ、

あれをやりたいけど、その前にはこれをやってからじゃないといけない

という感じでいつもいた気がする。

子どもは、親の性質を感じ取る。そしてコピーする。

私も多分、母のその性質を知らず知らずに身につけてしまった。

 

その性質の根底にあるのは、恐怖心なのかな。とか思う。

意識はしてないけど、無意識で、

・甘いと言われるのを怖れている

・責められることを怖れている

・非難されることを怖れている

 

さきにやることやりなさい

宿題はやったの?

後回しにするから、こーゆーことになるんじゃない

お菓子はやることやってからよ

やることもできないなんて、なんて情けない

ゲームばっかりしてないで、これをやりなさい。ゲームはそのあとでしょ

 

そんな言葉たちがたくさんたくさん蓄積されて、

好きなことをやるためには、やることやったあとじゃないだめ、

というルールができてしまった。

これは誰しももっているルールだと思うし、

当たり前じゃんと思う人もいるかもしれないけど、

ま、それはさておき。

 

 

タスクがあると、なんとなく常時責められている感じがする。

特に意識してないし、気づいてもいないんだけど、

なんとなく、嫌な感じに付きまとわれているというかさ。

それが急ぎのタスクでなくても、ずっと煽られているようなさ。

 

だから、タスクを消化しても、達成感とかはあまりなくて、

失敗しなくてよかった、間に合ってよかった、できてよかった、終わってよかった

っていう、安心感の方がある。

けど、達成感はモチベにつながれど、

安心感は次にはつながらない気がするんだけど笑

 

つまり、

私はがタスクを消化できるベースは恐怖心なわけだ。

そりゃ楽しさを感じにくいわけだ笑

 

利点といえば利点だけど。

まぁ、苦しさがまさる点は多々あるよね笑

 

で、じゃぁ、どうするのって話なんだけど。

  

そりゃ、

タスクがあろうとなかろうと、

好きなことをができる自由さと軽やかさが欲しい

わけなんだけど、

 

はい、じゃーいまから変わります!っていって、

責める囁き声がなくなるわけじゃないし、

そのささやき声を振り払える精神力もないわけで。

 

 だから、まあ、今の恐怖心ベースでタスクにとりくむ今の自分を理解(?)して、

うまく付き合ってくのがいいのかなぁと思ってる。

タスクを終わらせられたら、自由になるんであれば、

タスクを終わらせればいい話、っちゃいい話なんだ。

 

それにさ、この性質を利用して、

やりたいけどできてないことをタスクにすることができれば、

私は、それをやるわけだし。

つまり、

やりたいけどできてなかったことができるわけだし。

我ながらひねくれてんなと思うけど。笑

( やりたいことができない話も書いたので、よかったら。

 

 

タスクにとらわれない自由を得るにもゆっくり一歩ずつですな。

ひねくれてんのはもうしょうがないので、

上手に自分と付き合っていけたらいいなと思いますわ。

 

 

 

あー、自由になりたい 

 

 

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