ニートを目指して三千里 ひねくれ女子の小言日記

ニートを目指していたひねくれ者が日々のうっぷんを書いたり書かなかったりするやつ。ニートを経て、ニートじゃなくなりました!

ダメな日ってある。

 

もう何回今日みたいなことをブログに書いたかわからないけど、

思うんだからしょうがない。

 

書いても、吐いても、なくならない。

 

自分との向き合いが足りないのかもな。

そうかもしれない。

 

でも疲れてしまったんだもん。しょうがない。

 

世界がもっと優しくなればいい。

世界がもっと甘くなればいい。

 

何もしなくても責められない。

自分が好きなことをすればいい。

好きなことがなくても大丈夫。

 

そんな世界になってから、生まれ直したい。

 

こうやってなよなよしてしまうのも、

私がまだ「幸せ」とかそーゆーものを求めているからで、

諦められてないからなんだと思う。

 

きっとこうゆう文を読むと、不快になる人もいると思う。

 

書いてる私だって、

気分がいいときに読めば、気が滅入ると思うし、

調子がいいときに読めば、あー言えばこうゆうやつだなと、いらいらすると思う。

 

朝ちょっと嫌なことがあったんだけど、

それをずっと引きずっている。

 

嫌なことがあるくらいなら生きたくない。

そう思ってしまう。そう考えてしまう。

 

嫌なこともあるけど、いいこともあるよ。

人生捨てたもんじゃない。

 

なんて風には思えそうもない。

そう思えたらいいと思う。

 

意地が悪い人だっているし、優しい人もいる。

どうせなら、優しい方を見ようよ。

 

全くもってその通り。

でもどうしても、意地が悪い方にひっぱられてしまう。

 

 

私は恵まれている方だと思う。

それを幸せに思わなきゃいけないんだろう。

けど、幸せに思うことを義務のように感じて、苦しい。

 

全部自分で勝手に自分を苦しめているんだろうと思う。

 

でもそこからの抜け方がわからない。

 

なんだろうな。

 

明るいやつになりたいわけでもない。

 

ただ楽に生きたい。

もっと気楽に。

もっとラフに。

もっとフランクに。

 

それができない。

 

できないと言っているうちはできないよ!

できないは言い訳だ!

やる気がないんだ!

 

そうかもしれない。

憧れるだけで、なる気はないのかもしれない。

なってはいけない気もする。

 

過去の自分が足をひっぱる。

 

私はこーゆー人間だと自分に貼ったラベルが剥がせない。

 

例えば、開き直って、人生を捨てたもんじゃないと思ったとしても、

なんだか嘘っぽい気がする。

 

皆どうやって生きてるの?

そんなことさえ思う。

 

皆どうして生きてるの?

同じ問はずっと昔からあるみたいだけど、

明確なこたえはなさそう。

 

多分、難しく考えすぎなんだよね。

 

 

朝、嫌なことがあった。

自分に非があれど、不快な気分になった。

自分に非があるのに、不快になることがいけないことだと思っているのか、

自分を正当化するために、

不快な気分にどっぷりとハマってしまう。

 

私はこれだけ不快なんだぞ!

もう生きるのも嫌だと思うくらい、辛い気持ちなんだぞ!

私は悪くない!

 

と自分が悪いと思っているんだろうな。

 

そんなに悪いこともしていないのに、

ちょっとの悪いことも許せないみたい。

 

多分私は、コップを割っただけで生きるの辛いとか思っちゃう。

コップを割るのは失敗だと思ってしまう。

 

失敗が怖い。

責められるのが怖い。

 

生きていれば何かしら責められると思ってる。

 

なんか何が書きたいかわからなくなってきた。

 

前向きに生きる許可を下さい。

ネガティブでもいいし、ネガティブじゃなくてもいい、

そんなふうにフラットに生きる許可を下さい。

自分を許す許可をください。

 

 

いつもいつも感じじゃないんだけどね。

こんな風になっちゃうときも度々あるよね。

 

さ!この話はおしまい!

って感じに切り替えられないのが私だけど、

切り替えることをお許しください。

 

気分良く在ろうとすることをお許し下さい。